今回は【鬼滅の刃】かまぼこ隊とは?炭治郎・善逸・伊之助の真相心理!を考察していきたいと思います。
この中では私の考察と感想を含み紹介しますので、最後までお付き合い宜しくお願いいたします。
もちろん皆さんご存知の通り、炭治郎・善逸・伊之助の3人のことをかまぼこ隊といいますよね。
そのかまぼこ隊の魅力について1人づつ考察していきたいと思います。
では【鬼滅の刃】かまぼこ隊とは?炭治郎・善逸・伊之助の真相心理!についてみていきましょう。
無惨討伐の立役者「竈門炭治郎」鬼化を防いだ強靭な心
自分に何ができるのか?努力は決して裏切らない!
「俺は今までよくやってきた!!俺はできる奴だ!!俺が挫けることは絶対にない」(第3巻24話)
炭治郎は自分が今いる場所をよく分かっています。
それは何かを成すための通過点であり、仲間を繋ぐ自分の立ち位置であり、自らも次代にヒノカミ神楽を伝え残さねば継承者であることも勘案すれば、時間や学問、そして人間関係、それぞれの次元において、自分に与えられた役割を深く理解している人物といっていいでしょう。
しかし炭治郎は”学びて然る後に足らざるを知る”
つまり人一倍鍛錬し、困難な修行を重ねても、常に実力不足に悩んでいます。柱には及ばず、上には上の鬼がいて、とても太刀打ちできない強大な力を持っています。
やはり都合のいい奇跡なんて、そう簡単に起こるはずがないのです。「怒りという感情だけで勝てるのなら もうこの世に鬼は存在しないだろう」(第10巻82話)
その代わり、彼ら鬼殺隊は命を命よも思わない鬼を倒すため、血反吐を吐くような努力を重ねてきました。
冒頭の炭治郎の台詞は自分の実力を過信しているのでは決してなく、積み重ねて努力の蓄積を信じているのです。
努力は決して自分を裏切らない!ということですね!
自分が勝てなくても・・・チーム力をあげるリーダーシップ
「勝つ 必ず勝つ 俺たちは」(第11巻93話)
炭治郎は、自身の努力を信じてはいますが、それですんなりと自分が鬼に勝てると過信してはいません。
まさに身を削って格上の鬼との戦いに苦戦を強いられながらも、頭に浮かんでいるのは鬼殺隊というチームとしての勝利なのです。
逆に炭治郎は厳しい戦いのなかで、命を落とす最悪の自体事態すら想定しています。
上弦の陸・堕姫&妓夫太郎との戦いでは、遂に妓夫太郎の頚に日輪刀を振り下ろした炭治郎でしたが、鬼化した兄妹の境遇に自信を重ね、一歩間違えれば自分たちが鬼になってしまっていたかもしれないという妄想に囚われます。
状況が一つ違えば、上弦の陸・堕姫&妓夫太郎は禰豆子と炭治郎だったかもしれないと、。。。
しかし炭治郎は即座にこう考え直します。
「もし俺が恩に堕ちたとしても 必ず鬼殺隊の誰かが 俺の頚を斬って斬れるはず」(11巻93話)
今求められているのは自分の役割は何か。そのためには何をすべきで、足りないものをどう補っていけばいいのか。
目標達成のためには、自らの犠牲も厭わないと炭治郎は考えます。自分の精一杯をやり遂げて、事後は仲間たちに託せばいいのだと。
竈門家が代々受け継いできたヒノカミ神楽。のちに始まりの呼吸と呼ばれる「日の呼吸」そのものだったことが判明します。
その剣技には失われた13番目の型の舞があったといいます。それは伝承の12の肩を休むことなくつなげげることで生まれる新たな舞でした。
時間や空間、そして人間関係、それぞれの次元において、炭治郎は自身がすべきことを常に考えています。
緑を繋ぎ、仲間との強い絆で困難に立ち向かう。実力の問題のあるなしに関わらず、これもリーダーシップのかたちですよね。
鬼殺隊きっての臆病者「我妻善逸」ネガティブ思考とそこからの脱却
誰よりも強くなりたいのに、頭をよぎるネガティブ思考
「俺は俺が一番自分のこと好きじゃない ちゃんとやらなきゃっていつも思うけど 怯えるし 逃げるし 泣きますし 変わりたい ちゃんとした人間になりたい」(第4感33話)
鬼殺隊の最終選別を生き残った5人のうちのひとり、我妻善逸はもしかすると主要キャラクターの中でも最も成長したくアクターかもしれませんね。
善逸のネガティブ思考は、過酷な特訓の中でも、強敵と対峙する時にも安定して変わらず、そのため鬼殺隊のなかでもひと際緊張感に欠けるコミックリリーフのように見えがちです。
冒頭のセリフは那田蜘蛛山でひとりでさなようところに人面蜘蛛と出くわし、毒に犯されたショックで敵前逃亡しょうとした際に口からまほろびた、善逸に粉うことなき本音です。
このネガティブ思考は、天街孤独の身であり、誰からも期待されず、誰の役にも立てなかった寄る辺ない環境下で備わったもので、さらに鬼殺隊最強と謳われた元柱(桑島慈悟郎)から指南を受けながら、雷の呼吸の壱ノ型しか習得できなかったという劣等感が、その思考を増幅させているのです。
そえでも本人の理想は高く、誰よりも強くなりたいという夢をもっています。
その理想と現実のいい気なギャップに内に打ちのめされ、その差を埋めるための気の遠くなるような努力から、善逸は現実逃避してしまうのです。
コンプレックスに打ち克ってネガティブ思考を払拭?
「これは俺の型だよ 俺が考えた俺だけの型 この技でいつかアンタと肩を並べて戦いたかった・・・」(第17巻145話)
強烈なネガティブ行こうの持ち主ではありますが、善逸の居合いは師匠の折り紙つきで、並みの剣士では決してありません。
しかし、雷の呼吸の継承権を得たのは善逸だけではありませんでした。
むしろ、もうひとりの継承者である兄弟子の獪岳の方が実力は上だったようです。とはいえ、獪岳も完璧ではなく、善逸とは逆に全ての基本とる壱ノ型だけが習得できず、そのため師匠は足りない部分をお互いに補いあって欲しいという希望をもって、2人合わせて継承者としたのです。
ところがこの指示に憤慨した獪岳は鬼殺隊を離反し、圧倒的な力を求めるあまり、おろうことか鬼になる道を選んでしまいます。
師匠は雷の呼吸の使い手から鬼を出した責任を取って自刃してしまいますが、この悲劇が善逸のネガティブ思考をさらに増強させました。
獪岳戦では重症を負った善逸は、三途の川の師匠に対岸からこう叫んでいます。
「俺がいなかったら獪岳もあんなふうにならなかったのかもしれない ほんとごめん!!許して!!」(第17巻146話)
善逸は獪岳がドロップアウトしたことに、強い負い目を感じていたのです。
上弦の陸となり変わり果てた獪岳との戦いは、単なる鬼殺隊の鬼討伐というよりも、2つに分かれたままの雷の呼吸継承者統一戦でもあったのです。
すべての技を受け切った善逸が放ったのが、自ら編み出した「漆の型 火雷神」でした。
実力で兄弟子に干渉したという事実、しして善逸の耳に届いた師匠の「オマエは儂の誇りじゃ」(17巻146話)の言葉によって、銭つは最強の剣士という夢に大きく近付いたのではないでしょうか。
勝負好きな猪武者「嘴平伊之助」付き抜けた猪突猛進、道に学ぶ
そのルックスと「猪突猛進!」の勢いの騙される?
「猪突猛進!猪突猛進!伊之助様のお通りじゃアアア!!」(7巻59話)
炭治郎とともに最終選別に残った5人のなかのひおり鬼殺隊士嘴平伊之助。
イノシシの毛皮を株った野生児は、他の鬼殺隊士のように育手がおらず、野生で生きてたことでつちかわれた、人間よりも野生に近い体術と、まさしく動物的な勘によって我流の戦闘術を身に付けた、一風変わった隊士です。
修練を積んだ鬼殺隊士を倒し、その装備うを奪って最終選別に紛れ込み、誰よりも早く入山して誰よりも早く下山したと言う実力者です。その基本的な戦闘能力はずば抜けて高いと言えるでしょう。
「猪突猛進」は乳児期にイノシシに育てられた伊之助にとってはまさに生き様と言ってよく、激しい闘争心を露わに、まるでノコギリのように刃こぼれした二刀流を振り回して果敢に敵にとびかかります。
予測するのも難しいトリッキーな戦闘術は並みいる剣士を倒してきた上位の鬼たちにとっても想外のようで、伊之助の参戦によって、戦いの局面はガラリと変わります。
鋭い皮膚感覚で殺気や危険をいち早く感知し、決まった型を持たない獣の呼吸で剣技とも呼べない大技を繰り出すのですが、思いつきで繰り出した技で上位の鬼に致命傷を与えるわけですから”猪突猛進”のその戦い方はただ無鉄砲なだけではないのかもしれません。
鬼との戦いの中で、人間的に成長した野生児
長らく田正で生きていたということは、人間社会へ適応しにくいという考え方もありますが、逆にいえば、人間社会の影響に感化されやすいということでもあります。
いろんな常識を知らず、社会のルールも通用しない伊之助ではありますが、決してコミュニケーションが取れないわけではなく、人の優しさに触れて心を”ホワホワ”させることがたびたびあります。
炎柱・煉獄杏寿郎と上弦の参・猗窩座の激闘に、自分が助太刀に入る余地が無いと知った伊之助は、棒立ちのまま見つめることしかできませんでした。
猗窩座に敗北した煉獄さんは、炭治郎・善逸・伊之助の3人に遺言を残します。
「もっと もっと 成長しろ しして今度は君たちが鬼殺隊を支える柱となるのだ 俺は信じる 君たちを信じる」(8巻66話)
煉獄さんの死と最後の言葉に3人は大きく見誰、炭治郎あ不安な心のうちを吐露すると、伊之助は激怒します。
「弱きなこと言ってんじゃねけ!!なれるかなれねぇかなんてくだらないこと言うんじゃねぇ!!信じると言われたらそれに応えること以外考えるんじゃねぇ!!死んだ生き物は土に還るだけなんだよ!ベソベソしてたって戻ってきたしねぇんだよ!悔しくても泣くんじゃねぇ!どんなに惨めでも恥かしくても生きていかなきゃならねえんだぞ」(8巻66話)
およそ野生児らしからぬ、強い言葉で炭治郎を叱咤します。
もちろん、それは、伊之助が自ら言い聞かせた言葉でもあったでしょうね。その言葉から、煉獄さんの戦いを眺めることしかできなかった伊之助は、まったく歯がたたなかった己の実力不足を悔やみ、惨めで恥かしいとすら思っていたことがよく分かります。
まとめ:【鬼滅の刃】かまぼこ隊の魅力に迫る!
今回は【鬼滅の刃】かまぼこ隊の魅力に迫る!を個人別に考察してみました。
かなぼこ隊はこの3人でなければ成り立たないほんわりとした空気感がありますよね。3兄弟みたいなものでしょうか。
このかまぼこ隊に何度も癒され何度も涙しました。
無惨討伐後もしばらく一緒に暮らしていた様子ですしこの3人なら、信じあえて、心を癒される気もします。
最後まで御愛読いただきまして、ありがとうございました!
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